大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所松江支部 昭和24年(ネ)43号 判決

控訴人は被控訴人に対し別紙目録<省略>記載の物件中二及び二十の各物件を除くその他の物件を引渡さなければならない。被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分しその一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

二、事  実

控訴代理人は、原判決を取消す被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却する控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、被控訴人方の住宅である鳥取市南本寺町の家屋には八畳、四畳半、風呂場があり、別に十五坪の二階建家屋があり、階下は物置になつており、二階は造作を施せば居住することができる。被控訴人の後記主張事実中被控訴人方においてその主張のような家屋を建築したことはこれを認めるも、その余の事実はこれを否認すると述べ、被控訴代理人において、原審判決言渡当時、被控訴人方は同市南本寺町五十三番地の家屋八畳一室であつて、被控訴人の父母である三之亟夫婦、被控訴人の弟健男(当二十七歳)妹章代(当二十二歳)の五人がそこで雑然と起居していたが、健男、章代はそれぞれ勤先の友人等との交際の必要に迫られ、昭和二十五年十二月から翌年一月にかけ、前記家屋に接続して健男は階下六畳、二階六畳(畳なし)の家屋を、章代は階下五畳二階物置の家屋を各建築したので、元の八畳には被控訴人とその両親が起居している。右の増築により、とにかく、被控訴人と健男等が結婚するまで当分の間住むだけのところはできたわけであるが、被控訴人は勤務先の中国電力株式会社鳥取支店から既に退職方の勧告を受けており、本件訴訟がすむまで猶予方を求めているので、近い将来退職しなければならない。そのときは本件家屋で営業をしなければ両親及び自己の生活を支えることができない。被控訴人の父三之亟が営業している同市梶川町のバラツク建果物店舗は位置が非常に悪く、收益がないばかりでなく、その敷地は控訴人の妻歌子の所有であるから、本件訴訟が完結すれば、その敷地の明渡を求められることが明らかである。右梶川町の店舗は被控訴人の弟健男の所有であるので、被控訴人は控訴人が本件家屋を明渡したときの移転先としてこれを提供することについて右健男の承諾を得ている。従つて、控訴人としては妻歌子所有の宅地上にある右梶川町の店舗に移転して営業することが、そのとるべき筋道である。更に、控訴人は同市本町三丁目に十坪位の新築平家建家屋を所有しているから、そこに移転することもできる。その外に控訴人は相当の財産を蓄えているから、本件家屋を明渡したからといつて直ちに生活に困るようなことはない。以上の次第で、被控訴人の本件家屋の明渡請求は権利の濫用ではないと陳述した外、いずれも原判決摘示事実と同一であるから、ここにこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

控訴人が被控訴人主張の鳥取市川端四丁目五十五番地所在家屋番号第四十番の二木造瓦葺二階建居宅一棟建坪十坪外二階六坪の本件家屋及び別紙目録記載の一乃至十一及び二十の物件を現に占有していること、同目録記載の十二乃至二十六、二十八乃至三十一、三十三乃至三十七及び四十の物件が本件家屋に存在することはいずれも当事者間に争いのないところであつて、成立に争いのない甲第四、第五号証によれば、同目録記載の一乃至十一、二十七、三十二、三十八、三十九の物件が右家屋に存在すること及び控訴人が同目録記載の一乃至十一及び二十以外の物件をも占有していることが明らかである。

次に、原審証人脇田三之亟、脇田きぬの各証言、原審における被控訴本人の供述を綜合すれば、被控訴人は昭和二十二年二月一日訴外脇田三之亟からその所有にかかる本件家屋及び同所に存在する別紙目録記載の本件物件の贈与を受け、本件家屋については同月二十日その所有権移転登記を受けたことを認めることができる。

控訴人は、右の贈与は、前記三之亟、その妻きぬ及び被控訴人の三名が共謀の上控訴人を本件家屋から追出そうと図りその便宜のため本件家屋及び附属物件を被控訴人に贈与した如く装うため、締結されたもので、仮装行為であると抗弁するけれどもこの点に関する原審証人清水又一郎の証言、原審における控訴本人の供述はにわかに信を措き難く他に右抗弁事実を認めるに足る証拠はなく却て、成立に争いのない甲第一乃至第三号証、乙第十号証、原審証人清水又一郎、脇田三之亟、山根一子、原審及び当審証人脇田きぬ、当審証人脇田歌子の各証言の一部、原審及び当審における被控訴本人及び控訴本人の各供述の一部本件口頭弁論の全趣旨を綜合考察すれば、被控訴人は脇田三之亟、脇田きぬ夫婦の二女で、控訴人はその長男であり、以前は共に本件家屋に同居していたものであるところ、控訴人は昭和十一年鳥取商業学校卒業後は岡山、大阪各市の食料品店の店員等を勤め、その後昭和十七年頃現役兵として満洲の部隊に入隊し満期除隊となつた後も北支方面に在留し某会社に勤務し、昭和二十年暮内地に引揚げ帰郷したが、当時三之亟夫婦及び被控訴人などは同市川端町の本件家屋に同居して乾物商をなし夜間は同市南本寺町の別宅に寝泊りしていたので、控訴人も右両親その他の家族と同居して乾物商の手伝をしたこと、ところが、控訴人は兵役に服してからは、性格、言動がとかく粗暴となり北支在留中既に些細のことから憤慨の余り親を侮蔑して憚らぬ音信を発したほどであり、他方控訴人の両親も子である控訴人に対するあたたかい愛情と理解にいささか欠けるところがあり、特に母きぬは勝気で頑固な性格の持主であるため、控訴人帰還後は家庭内に風波が絶えず、乾物商の経営、配給品の分配その他の家事について控訴人と両親とは事毎に反目し、被控訴人もまた両親に盲従して控訴人と対立し、殊に昭和二十一年春には些細の口論から激昂した控訴人は実父の三之亟に暴行を働き、他方実母きぬは控訴人に対しその意思を無視して気のすすまぬ結婚を強要して控訴人に拒絶されるなどのことがあり、到底円満な同居生活ができなくなつたので、三之亟夫婦及び被控訴人の三名は相前後して前記南本寺町の別宅に引揚げ、同年八月頃には控訴人独りで本件家屋に居住し乾物商を営むようになつたが、その後同年十月控訴人が両親の承諾を得ないで姉婿田中政一等の媒酌で妻歌子を娶り本件家屋で同棲するや実母きぬ及び被控訴人は控訴人の右措置に痛く激怒し本件家屋に赴いて再三妻歌子に対し聞くに堪えない罵詈を浴びせたこと、かようないきさつから、三之亟夫婦及び被控訴人と控訴人とのあいだには深い感情上の溝ができたので、三之亟は将来長男である控訴人に頼らないで被控訴人に然るべき婿を迎え同人より老後の世話を受けようと考え、前記のような贈与をしたことを認めることができる。前掲各証人の証言、各当事者本人の供述中以上の認定に反する部分は当裁判所の採用しないところである。されば被控訴人は前記贈与により本件家屋及び同所に存在する本件動産を有効に取得したものというべきである。

よつて、被控訴人がその所有権に基いて控訴人に対し本件家屋の明渡と同所に存在する本件物件の引渡を求めることが控訴人の抗弁するとおり、権利の濫用であるかどうかを判断する。

前顕証人脇田三之亟、脇田きぬの各証言、前顕被控訴本人の供述、当審検証の結果及び本件口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、被控訴人方はもと前記南本寺町の家屋八畳一室だけで、そこで、被控訴人、父母の三之亟夫婦、弟健男(当二十七歳)、妹章代(当二十二歳)の五人が雑然起居していたが、その後階下六畳一室、五畳一室(但し畳なし)階上六畳一室(但し畳なし)物置の二階建の離れ座敷を増築したので、現在では畳を取り付ければ被控訴人に婿を迎え、弟健男に嫁を娶つても、新夫婦の居室に不自由をしない状況にあること、被控訴人及び弟の健男はいずれも中国電力株式会社鳥取支店に勤務し、章代は教員をしており、また父三之亟は梶川町にあるバラツク建の果物店舗に出かけて果物野菜の販売をなし、営業不振とはいえ、月五百円乃至千円位の純益を挙げていることをそれぞれ認めることができるから、これらの各事実と成立に争いのない乙第二乃至第四号証、本件口頭弁論の全趣旨を綜合考察すれば、被控訴人方は現在一先づ住居の安定を得ており、その生活も被控訴人及びその弟妹の給料によつて支えられ、父三之亟も前記梶川町の店舗の経営により小遣銭程度の收入を得ており、経済的にも一応安定し、本件家屋の明渡を求めて同所で営業しなければならないほど差し迫つた経済上の必要のないことを窺うことができる。前掲各証人本人の供述中以上の認定に反する部分は当裁判所の採用しないところである。被控訴人は、その勤務先の中国電力株式会社鳥取支店から既に退職方の勧告を受けており、本件訴訟がすむまで猶予方を求めているので、近い将来退職しなければならないと主張するけれども、当審証人脇田きぬの証言中右主張に副う部分はにわかに信を措き難く、他にこれを認めるに足る証拠がないから被控訴人の右主張はこれを採用しない。また、被控訴人は父三之亟が営業している前記梶川町の店舗の敷地は控訴人の妻歌子の所有であるから、本件訴訟完結の暁にはその敷地の明渡を求められることが明らかであると主張するけれども、これは被控訴人の一片の杞憂であることは後記説明するところより明らかであろう。これに反し当裁判所において真正に成立したと認める乙第九号証、前顕証人脇田歌子の証言、原審及び当審における控訴本人の供述、当審検証の結果を綜合すれば、控訴人は本件家屋において妻歌子と共に二子を抱えて乾物商を営んでいるが幸い本件家屋が繁華な商店街に位置しているため、一家の生活を支える程度の收入を挙げているけれども、格別の財産もないため、今本件家屋を明渡すならば、住宅難の折柄忽ち生活に困難を来すであろうことを窺うことができる。被控訴人は父三之亟の経営する梶川町の果物店舗は弟健男の所有であるので、控訴人が本件家屋を明渡したときの移転先としてこれを提供することについて右健男の承諾を得ているから、控訴人は本件家屋を明渡して妻歌子所有の宅地上にある右果物店舗に移転して営業すべきであると主張するけれども、右店舗は被控訴人も自認するとおり、その位置が悪いのであるから、本件家屋において営業するのと同程度の收益を挙げることは困難であるばかりでなく、当審検証の結果によれば、右果物店舗は単に雨露を凌ぐ程度のまことに粗末な仮小屋で、これを住宅に改造するには新築程度の資材資金を要することが認められるから、無資力の控訴人のよく堪え得るところでないというべきであろう。また、前顕証人脇田歌子の証言によれば、右果物店舗の敷地を含む約五十坪の梶川町の宅地は登記簿上控訴人の妻歌子の所有名義となつているが、それは控訴人の結婚の世話人であつた訴外山根一子が代金を支出して買受けたもので、その目的は万一控訴人が本件訴訟で敗訴し本件家屋明渡の余儀なき事態に立ち至つた際の引越先に充てるためであつて、もし被控訴人方において敗訴、和解等の事由により本件家屋の明渡を断念すれば、被控訴人の父の経営する果物店舗の敷地として前記宅地を貸与する意思であることを推認できるから、右果物店舗の敷地が控訴人の妻歌子の所有名義である事実はいまだ被控訴人の前記主張を支持する理由とはならない。次に、被控訴人は、控訴人は同市本町三丁目に十坪位の新築平家建家屋を所有しているから、これに引越すことができると主張するけれども、これを認めるに足る証拠はなく、却つて、前顕証人脇田歌子の証言によれば、右建物は山根一子の所有に属し、控訴人は同人から無償貸与を受け倉庫としてこれを使用し、その請求があれば何時でも明渡すべき関係にあることを認めることができるから、被控訴人の右主張もその理由がない。ところで、以上認定の事実によれば、三之亟夫婦及び被控訴人と控訴人は親族として同居した以上、相互扶助の精神に徹し円満な親族共同生活を築きあぐべきであつたのにかかわらず、互に反目対立し遂に別居の止むなきに至つたのは、まことに遺憾であつて、これは要するに、当事者双方が互に自己本位の考えに捉われ、相手方の立場を充分尊重しなかつたことに因るもので、双方においてその責任を分ち合うべきものである。しかるに、被控訴人はかような事態に立ち至つたことについて深く反省するところなく、首肯するに足る特段の理由もないのに、所有権を楯に取つて、本訴で、控訴人に対し本件家屋の明渡とその従物として本件家屋に存在する別紙目録記載の二及び二十の物件の引渡を求めることは、徒らに控訴人一家の生活の本拠を奪い控訴人をして経済上の苦境に追い込むだけであるというべく、被控訴人のかかる所有権の行使は相互扶助と信義誠実によつて結ばるべき親族間の道義を破るもので、権利の濫用であるというべきである。しかし、別紙目録記載のその余の物件の引渡を求める被控訴人の請求については、これを占有する控訴人において所有者である被控訴人に対抗し得べき格別の権原を有しないから、控訴人は被控訴人の右引渡請求に応ずる義務があるものというべきである。

果して然らば、被控訴人の本訴請求は控訴人に対し別紙目録記載の物件中二及び二十の物件を除くその他の物件の引渡を求める限度において正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべく、以上の判断と異なる原判決はこれを変更し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第九十二条本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 平井林 久利馨 藤間忠顕)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!